102歳をらくらく生きる脳科学的健康講座No.641
- 竹内久米司
- 12 分前
- 読了時間: 5分
なぜ人は夢を見るのか? 夜ごと繰り返される脳のドラマ
◇夢の不思議:それは心の奥底からのメッセージか?
誰しも一度は、不思議な夢を見たことがあると思う。
現実では起こり得ない出来事や、自分でも信じられないような行動を取っていたり・・・空を飛んだり、見たこともない怪物と遭遇したりすることもある。そんな不思議な「夢」には、一体どんな意味やメリットがあるのだろうか。
夢のメカニズムについて、近年注目を集めている研究者のひとり、北海道大学の常松友美講師の話を紹介します。
「夢を見る理由って、実はまだハッキリとは解明されていないんです。でも、昔から人は夢の意味を考えてきました。たとえば、心理学者のフロイトは『夢は抑圧された欲望の表れだ』と考えて、本まで書いています。ただ、それがすべてかと言えば、今の科学ではそうとも言い切れないんですね。
神経科学の分野では、マウスなどの動物で脳の仕組みを調べるのが主流です。でも、マウスに『今、夢見てた?どんな夢だった?』なんて聞けないじゃないですか。だからこそ、夢の研究って本当に難しくて、今でも“謎”が多く残っているんですよ」と語る。
◇夢の正体に迫る:私たちの脳はなぜ「物語」を作るのか?
実は、夢を見るときの脳のメカニズムって、まだ完全には解明されていないんです。でも、いくつか有力な説があって、その中でも特に知られているのが「活性化合成仮説」っていう考え方。
この仮説が発表されたのは1977年と、もう50年近くも前なのに、今でも第一線の理論なんです。
さて、夢って、基本的にはその人の記憶からできているんです。レム睡眠と呼ばれる眠りの時間帯に、脳の中でなにかしらの“刺激”が起きて、大脳皮質や海馬といった記憶に関わる部分が活性化する。
すると、眠っていた記憶や感情がバラバラに引き出されて、まるでコラージュのように組み合わされる。だから夢は、現実ではあり得ないような展開になるという。
つまり、夢は脳が寝ている間に勝手に紡ぎ出す「記憶の即興劇」。
ランダムだからこそ、予測不能で、時に奇妙で、時に感情を揺さぶるようなシーンが生まれるんですね。
◇夢の始まりは“視覚のなりすまし”? PGO波の謎に迫る
夢をつくる脳のスイッチ、その正体のひとつが「PGO波」と呼ばれる脳波だと考えられています。
PGO波は、レム睡眠中におよそ1秒に1回のペースで現れ、夢の引き金になる重要な“電気信号”。この波が出発するのは脳幹の一部、「橋(Pons)」と呼ばれる場所から。
そこから、視覚情報を処理する「外側膝状体(LGN)」という中継点を経て、最終的には“見る”ための脳の領域「後頭葉(Occipital cortex)」に届きます。3つの頭文字を取って「P・G・O波」と呼ばれる。
ここで注目なのが、このPGO波のルートが、実際の視覚情報が通る経路とよく似ているという点。
つまり脳は、目を閉じていても“見る”準備を整えているような状態にあるわけです。だから夢の中では、まるで実際に目で見ているかのようなリアルな風景や映像が浮かび上がってくる――そんな仮説が立てられています。

◇目を閉じても「見える」ワケ:夢を生む脳波・PGO波の正体
目を通して入ってくる視覚情報は、網膜→外側膝状体→後頭葉の視覚野へと伝わり、私たちは映像を認識します。ところが、夢の中でも目を閉じたまま映像が浮かぶのはなぜなのでしょうか?
そのカギになるのが、PGO波と呼ばれる特殊な脳波です。この波は、脳幹の「橋(Pons)」から出発し、視覚経路と同じく外側膝状体→後頭葉へと伝わります。つまり、脳は目を閉じたまま“見るためのスイッチ”を自ら入れているような状態なのです。
このPGO波は猫で初めて観察され、その後、人間や犬、そして数年前にマウスからも確認されました(Elife. 2020 Jan 14;9:e52244.)。
そこで、現在では哺乳類の多くが夢を見ている可能性は高いと考えられています。さらに、生まれつき目の見えない方も、触覚や聴覚など他の感覚を使って夢を見ることがわかっており、夢が単なる“視覚体験”以上の意味を持っていることが示唆されています。
◇夢とドーパミンの不思議な関係:感情の記憶がレム睡眠を呼び起こす?
夢に深く関わっているのはPGO波だけじゃありません。実は最近の研究で、ドーパミンという神経伝達物質も夢やレム睡眠に影響している可能性があることが分かってきました。
研究により、もともとノルアドレナリンやセロトニンなどの物質は睡眠と関係があると分かっていましたが、ドーパミンについては長らく謎でした。ところが、「扁桃体」という脳の部位でドーパミンが一時的に増えると、レム睡眠が始まるという事実が発見されました(Science. 2022 Mar 4;375(6584):994-1000.)。
扁桃体というのは、恐怖などの強い感情の記憶がたまる場所。この部分の活動と夢がどうつながっているのかはまだ分かっていませんが、感情と夢との深い結びつきを示す手がかりになるかもしれないとされています(Endocr J. 2012 Dec;59(12):1099-105.)。
さらに興味深いのは、ドーパミンに似た働きをする薬(アゴニスト)や、逆にドーパミンを抑える薬(アンタゴニスト)を使うと、悪夢を見ることが増えるという報告もあること。感情のバランスや脳内の化学物質が、夢の内容にまで影響しているというわけです。
◇なぜ“悪夢”を見るのか?脳が仕掛ける「恐怖のシミュレーション」説
怖くて目が覚めてしまうような悪夢。一見すると何の得にもならないように感じるけれど、実はそれにも意味があるのかもしれません。
そのひとつが、**「脅威シミュレーション仮説」**という考え方です。
これは、夢の中であらかじめ“危機的な状況”を疑似体験することで、実際に似たようなことが起きたときに冷静に対応できるよう準備している、という解釈なんです。
ただし、夢の内容は現実離れしていて、空を飛んでいたり、ありえない怪物に追われていたりするケースも多く、「それじゃ現実の役に立たないんじゃ?」という否定的な意見もあります。
前出の北海道大学の常松友美講師はこう語ります。
「確かに、夢にはいろんな仮説があるものの、はっきりとした証拠があるわけではないんです。睡眠研究の中でも、夢の領域はまだまだ“最大の謎”なんですよ」と。
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